先日、写真家の柴田祥さんが写真集「津軽再考」の印刷立会に来社されました。
当日の印刷はスムーズに進み、現在は製本の工程へと進んでいます。
印刷物確認中の柴田さん
今回、ネットでの先行販売分(完売済み)とプラスアルファで全600冊作成予定の内200冊に作家のサインを入れたいとの希望がありました。
普段は製本され完成した本にサインを入れるのが一般的ですが、時間の関係で印刷立会と並行して柴田さんにサインを書いてもらいました。
200冊にサインを入れるのですが、今回の製本は少し複雑な工程をたどるので予備が150枚必要と製本会社からの回答が。
計350枚の印刷物にサインを柴田さんに書いてもらいました。ご苦労様です。
刷りあがりの印刷物にサインを入れる柴田さん
週末あたりには本が完成しますので、本の内容はまた改めて記事にします。
と、いつもは印刷立会だけの記事を書いていますが今回はここからが本番です。
印刷立会からさかのぼること数ヶ月前、道音舎の北浦さんから新しい写真集を作りたいので相談をしたいと久しぶりに連絡が有りました。
道音舎さんの出版第一号写真集「狼煙」の製作工程はかなりくわしくブログの連載記事・1冊の写真集が完成するまでに書いていますので興味のある方はそちらをご覧ください。
後日、道音舎の北浦さん、硲さんに来社していただき写真集の仮レイアウトと柴田さんの作品がどのようなものかを見せてもらいました。
初見の感想はモノクロ写真の調子がかなり微妙な変化のある写真ばかりでこの調子を印刷で再現することが難しいだろう。
しかし柴田さんの写真の魅力はこの微妙な調子にあるのだろうなと思い道音舎のお二人にその感想を伝えました。
前回はダブルトーンでの印刷でしたが今回の作品はダブルトーンでは調子を完璧に表現できない可能性があると伝えました。
カラーの写真については問題無く印刷できると思いその旨も伝えました。
どのような印刷にすれば良いのかテストをやってみないと分からないので道音舎さん、作家さんにテスト用のデータとターゲットのプリントを8点選んでくださいとお願いしました。
なぜ8点なのかと言うと、今回の本のサイズ横28.2cm 縦22.4cmの場合、用紙が菊全(63.6cm ×93.9cm)の紙に片面8ページ分を印刷することが一番効率がいいからです。
さらに、使用したい用紙も決めてくださいと伝えました。
送られてきたプリントを見ます。
やはりこの微妙な調子の変化を印刷するのは難しいなと思いながら製版部署へダブルトーンとトリプルトーンのテスト刷り用の版作成の指示をだします。
ちなみにテスト刷りの用紙は
1・モンテルキア 菊判<77.5>T目
2・スマッシュ 菊判<76.5>T目
の2種類で行いたいとの要望です。
テスト刷りの用紙は種類をもっと増やす事も可能ですが増やした分だけコストがかかります。限られた予算内での写真集作成では完成のイメージを明確にし、種類は少なくしたほうが良いでしょう。
テスト刷りの結果、まずは用紙2種の違いから。
画像を見てもらえば分かると思いますが、インクの付きが良いのはスマッシュのほう。かなりクリアに印刷されています。
一方モンテルキアのほうはスマッシュよりもインクの付きが悪いためくらべるとかすれた感じがします。
左がスマッシュ、右がモンテルキア。どちらも印刷はダブルトーン。
スマッシュはシャドー側の黒もモンテルキアより濃く印刷されているのでレンジが広く表現の幅はこちらが良好。
モンテルキアはマット感があり、かつ少しぼやけた風合いの印刷になっているので柴田さんの作品を表現するにはこちらを選んでもいいような気がします。
次にダブルトーンとトリプルトーンの違いを。分かりやすいようにシャープに印刷されているスマッシュでの対比画像を見てみましょう。
左がダブルトーン、右がトリプルトーン。
一目了然でトリプルトーンのほうが調子の表現が良いのが分かります。特に中間の調子の差は歴然です。しんしんと降っている雪のピントのズレによる奥行きがトリプルトーンではかなり良い調子で印刷されています。
ただし、グレーを2色で印刷しているトリプルトーンの場合、薄グレーでの調子版が一番インキ量を多くしているため、濃いグレー1色で調子をだしているダブルトーンよりも力強さが弱くなっています。
このテスト結果を道音舎のお二人に見ていただき、ぼくなりの見解を伝えます。
まず、懸念であった調子の表現ですがダブルトーンでも問題無く表現できていること。トリプルトーンを使用しなくても大丈夫だと思いますと伝え、ただしトリプルトーンのほうがさらに調子をだす事ができると伝えます。
テスト印刷を見ればその違いは分かりますので道音舎のお二人もトリプルトーンの表現力に感心されていました。
しかし、トリプルトーンには最大の欠点があります。
ダブルトーンにくらべて1色余分に印刷するためにコストが大幅に上がってしまいます。
先ほども一度コストについて話しましたが本を作る時、無尽蔵にお金が使えるわけではありません。
限られた予算内でどれだけ自分たちが思い描いている本に近づけるか、このことがもっとも重要であると言っても過言ではありません。
道音舎のお二人は作家さんと相談して決めますとのことでした。
用紙については個人的にはスマッシュのほうがレンジが広い分、やりやすいとは思いますがこの写真集は出版社と作家の本です。
どれを選択するのかは出版社と作家が決めること、アドバイスはしますがこちらが良いですからこちらでいきましょうとは言わないようにしています。
後日、作家さんとの話し合いの結果、用紙はスマッシュ、ダブルトーンでいきたいとの連絡をもらいました。
ダブルトーンでも調子のつぶれは少なかったのと作家である柴田さんがトリプルトーンだと繊細過ぎるとのことだったのでコストのこともあり、良い選択だと思いました。
次にぼくが行う仕事はテストよりも良い印刷に仕上げること。
テスト印刷とターゲットプリントを見くらべてライト部分が重く感じるのとグレーの色が違うことが大きく外れているところです。
グレーの色はテスト印刷時、分かりやすくするためにターゲットよりもニュートラルグレーに近いグレーで印刷していました。
ターゲットはかなり青味のあるグレーですからグレーを青くするだけで近づきます。
しかし先方に確認したところテストのグレーのままでよいとのことだったのでここは変更無しで。
ライトが重く感じるのはコツ版であるスミ版にもライトに点が入っているため。この部分に網点は必要ないと思いスミ版のライト部分5%のところをカットしました。
そして最終印刷したものがこちら、テスト印刷からかなりターゲットの雰囲気に近づいています。
左がテスト。中が最終印刷、右がターゲットプリント
以上が今回の印刷設計がどのように行われたのかの概要です。
実はテストの時に思いつきでトリプルトーンの色をスミ+グレー2色ではなく、スミ+グレー+白で印刷してみてはどうかと思いやってみました。
先にグレー版の逆版を作りその版で白を印刷。その上からスミ+グレーのダブルトーンで印刷します。想像ではうまくいくはずでしたが結果は・・・
ただ単にダブルトーンで印刷したものがくすんでしまいました。
完全な失敗でしたがまた一つ印刷についての知識が増えたのでその意味では良かったのでしょうか。
今回のことは道音舎さんのブログでも硲さんが記事にされていますので読んでみてください。
Art Book Director 前川