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カテゴリ:連載・コラム

博物資料とLEDライト

2020.10.17  雑記エトセトラ, 文化財 


博物資料とLEDライト

LEDライト

LEDライト導入の経緯

ここ最近、社内の撮影用照明機材を更新したのですが、その際に「新しいライトは絶対にLEDにしよう」と決めていました。LEDライトをスチル撮影に本格導入する流れは業界全体で見受けられるものの、未だ少数派だと思います。そこで、今回はLEDライトの利点についてご紹介したいと思います。

導入理由を3つ挙げるとすれば……

  1. LEDから発する光の中に、博物資料に対して有害な紫外線や熱を含まないこと。
  2. スチル用ライトヘッドのアクセサリーを流用できる、高出力のライトが増えてきたこと。
  3. 蛍光灯を凌駕する演色性のLEDが増えてきたこと。

このあたりでしょうか。かなりニッチな部分になってくるので伝わり難いかもしれません。

たった5-6年ほど前のLEDは、詳しい人間から「トイレや廊下にしか使えないような非実用的な照明」として扱われていましたが、それもすっかり過去の話で、今となっては光の硬さと出力のわりに高価であること以外はほぼ問題がありません。

確かにLEDの光はクセがあるため多少使いにくいです。タングステンやバンクライトのような感覚で使おうとすると思った通りにはいきませんし、フラッシュチューブのように高出力でもありません。しかし、用途によってはLEDの利点がその欠点を補って余りあります。事実、プロの現場でも上質な光源として重宝されていますし、弊社でもそれは同様です。

比較的高価という点に関しても、高品質なLED照明を取り扱うレンタル業者さんが増えてきたため解消されてきています。社内の撮影用照明設備がコンパクトであったとしても、レンタルを利用することで、大規模な撮影に対して一貫した機材で柔軟かつ安定して対応できるのです。

LEDライト健康的で美しい光が出ます。

LEDと博物館の関係性

水俣条約により蛍光灯の生産終了が決定されたのはご存じのとおりですが、以前までの色評価用の照明と言えば蛍光灯です。私自身、自宅の新しい色評価用照明をどう調達すべきかと悩んでいたものの、LEDが目覚ましい発展を遂げていたため杞憂に終わったことは幸いでした。

近年では主要な博物館の照明もLEDにほぼ切り替わる傾向にあります。前述の通り、LEDが高い演色性を保ったまま、省スペースかつ紫外線と熱を含まない光を実現しているのが主な理由です。
おかげで、フィルターを使ってスポットライトの赤外線紫外線をカットし、フィルターの劣化に気を遣っていた頃よりも展示環境が格段に改善されました。もちろん、照明という機械本体からの熱はLEDであっても発生します。ビジュアル面での光の性質もLED以前とは異なりますし、すべてが理論上通りのパフォーマンスとはいきませんが、それでも大きな改善であることは間違いないです。

蛍光灯……と見せかけて、実はこれもLEDなんです。
博物館でよく見かけるタイプ。

新たなスタンダードに向けて

高出力であればあるほど、それがたとえフラッシュであっても光から強烈な熱を感じるものでした。張り付けていたトレーシングペーパーを高出力のフラッシュが燃やしたなんてことはよくある話です。多少の熱は冬であれば人間にはありがたいですが、夏や博物資料に対してはかなり厳しい状況になります。

弊社では博物資料に相当するようなモノを被写体とする事がほとんどです。フラッシュライトやバンクライトの光が資料を害することが事実である以上、もはやLEDライトへの乗り換えは必然でした。博物館の基準をフォローするような形で撮影ができるというのは、クライアント様と弊社の間で安心を共有できる素晴らしい事だと感じています。

 

まだまだ写真の撮影ではフラッシュが使われていくことでしょう。しかし、動画での圧倒的なLED照明需要やクリーンな定常光の扱いやすさを考えると、これから照明機材の水準や市場が大きく変わる予感がします。

LEDライト

弊社では高品質な印刷だけでなく、高品質な撮影業務のための設備、知識、技術を常に整えていくつもりです。

写真の始まり

2020.7.7  雑記エトセトラ 

写真の始まり


皆様は写真にどのような機能があると思いますか? 
大抵の方は「複製と記録」とお答えになるでしょう。これは全くもってその通りで、かのベンヤミンも写真や映画の「複製と記録」という機能に着目していました。有識者から私たちまで共通の認識と言って差し支えないでしょう。
しかし、世界で初めての実用的な写真と言われている「ダゲレオタイプ」そのものには複製の機能が無い事はご存じですか?

というわけで、今回は写真という技法の始まりについてお話しようかと思います。 


まだ写真という技術が無かった当時、レンズから出た光の像を箱の中に映してトレースをする「カメラ・オブ・スクラ」という機械がありました。フィルムや紙にレンズから出た光を定着させる技術はなかったものの、レンズから出た光で像を作るという自然現象は広く知られていたようで、カメラ・オブ・スクラとしてデッサンに転用した西洋はもちろん、日本やアフリカでも自然現象の一部として当時の記録が残っています。 
そんななか「このレンズから出た光を永遠にとどめておくことはできないか?」と考えた人々がいました。フランスにいた「ニセフォール・ニエプス」もその一人です。彼は後にダゲレオタイプのキーパーソンとなります。

Niépceニエプスさん
Daderot –  パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15356906による

彼を簡単に紹介するなら、「用心深い発明家」です。彼は一人で何度も写真の発明を試みており、永遠に写真の像を定着することは難しいものの単独であと一歩のところまでたどり着いている優秀な発明家でした。 
兄弟で内燃機関を発明するなどかなりの能力を持っていて、研究が盗まれる事を危惧していたのでは?と思うほどに用心深いふるまいをしていたようです。
国が違う上に面識はないにせよ、同年代に写真の発明に挑戦している人間は決して少なくありません。間違った判断ではなかったでしょう。

そんなニエプスに目をつけたのが、ダゲレオタイプの語源にもなった男「ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール」です。彼はパノラマ画、舞台芸術やジオラマなど、今で言う映画やアトラクション、VRのようなものを生業としていました。
ジオラマなどに活用していたことから、当然カメラ・オブ・スクラに関する造詣も深く、その繋がりで光学機器を売る商人からニエプスのうわさを聞いたダゲールは、ニエプスの研究に強く興味を抱きました。というのも、既にダゲールも「写真」を目標に研究を開始していたからです。

ダゲレオタイプで撮られたダゲールさん
メトロポリタン美術館のコレクションより引用

すぐにダゲールはニエプスに手紙を送りましたが、ニエプスはダゲールを「研究の盗人」と警戒していたのか、なかなか話がまとまりません。 
しかしダゲールは根気よくニエプスを口説き、ついに共同研究をすることに。ニエプスは道半ばで亡くなってしまいますが、ニエプスの息子がダゲールとの研究を引き継ぎながらダゲレオタイプは完成するのでした。 
その後、ダゲールによる政治家への根回しも成功し、この「ダゲレオタイプ」という写真技法はフランス政府に特許として買い取られ、ニエプスとダゲールはフランス政府から一生年金を貰う身となったのです。めでたしめでたし。 
……かのように思えましたが、実はそうではありません。ニエプスの息子がダゲールに「私の父の研究にタダ乗りするな」と怒って関係が悪化してしまった上に、写真を発明した人間が他にも同時期にいたためトラブルになってしまったのです。

ダゲレオタイプに対する「カロタイプ」を発明した彼らの名は、
「イポリット・バヤール」と「ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット」 

最初にも書いた通り、「ダゲレオタイプは複製することができない」という欠点がありました。銀板に直接像を定着させるダゲレオタイプの技法上、そこからは逃れられないのです。
対して、バヤールやタルボットの発明した「カロタイプ」は「画質が低いものの紙のネガがある限り複製できる」ネガポジ方式の写真技術でした。ネガポジという方式は現代のフィルム写真の主流です。現代のポピュラーな写真技術はダゲレオタイプではなくカロタイプをルーツとしている。と言っても過言ではないかもしれません。それならダゲレオタイプはポジフィルムのルーツとも言えてしまうのですが・・・


ちなみに、ダゲレオタイプには現代の写真と比べても遜色の無い解像感があります。ダゲレオタイプで発表を続けている写真家さんの作品を生で拝見した事がありますが、恐ろしいほどの熱量と美しさでした。
ダゲレオタイプは「銅板に銀メッキを施して文字通りピカピカに磨き上げ、ヨウ素蒸気に晒した後、気を付けてカメラにセットし撮影、水銀蒸気に晒して現像、出てきた像を食塩水で定着させる」という非常に人体に悪影響を及ぼすプロセスが必要で、意志が無ければできない作業です。非常に美しいダゲレオタイプですが、完成させるために乗り越える「壁」を理解するとゾッとする美しさにもなります。
もちろん、このプロセスを経て完成したダゲレオタイプそのものに基本有害性はありません。古写真コレクターの存在や古写真の劣化などもあり今はなかなか出回る数が少ないものの、蚤の市などで古写真が手に入ることもありますので機会があればぜひ手に取って観てください。

ダゲールによる最初期のダゲレオタイプ『Boulevard du Temple』
左下に靴磨き中らしき人が写っていて、世界で初めて人間が写った写真とされています。
この時代の写真はだいたい10分以上の露光時間が必要なため、ダゲールが立っているように頼んだのでは?と考える人もいるそうですよ。確証はないようですが、人間関係の構築が上手なダゲールであればありえる話です。
ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール – Scanned from The Photography Book, Phaidon Press, London, 1997., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5005681による


話を元に戻しましょう。結果的にタルボット達はダゲールの二番煎じという扱いをされてしまいます。ネガから複数の同じ写真が作れるというカロタイプの機能はダゲレオタイプに対してとてもユニークだったのですが、美しさで劣った事と、ダゲールを後押しした政治家の力が強かったのが主な理由です。ダゲレオタイプと双璧をなすのは事実なのですが、二番煎じ感は確かに否めないだろうなと私も思います(個人的にはカロタイプの方が好きですが)
自分の発明が認められることなく、利益にもならなかったために怒りが爆発。バヤールは抗議のために「溺死した男」の仮装をして自撮りを発表し(おそらく世界初のオモシロ自撮り男)、タルボットは特許で暴利を得ました。

溺死自殺した男のふりをして、自分の発明を評価してくれないフランス政府に抗議するバヤールさん
By Hippolyte Bayard – Digital Library Federation Academic Image Cooperative, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=87383736
タルボットさん
ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット – Part of the photographic collection of the National Gallery of Victoria., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=731648による

しかもタルボットはイギリス人でバヤールはフランス人。二人は全く面識がありません。便宜上、同時期の紙ネガ方式は全てざっくりカロタイプと呼んでいますが、発明と名付けはタルボットで、バヤールはカロタイプとほぼ同じ技法を早期に独自開発していたという複雑極まりない経緯もあります。共同研究でもないのに偶然似たモノをタッチの差で発明したことはまさに悲劇。カロタイプとダゲレオタイプの争いもとても長い間続いたそうです。まあ、だいたいの原因はタルボットさんなのですが……流石、絵がヘタクソで写真術を発明した男。

「複製と記録」の機能を得たその後の写真に向けられる芸術家や知識人の冷ややかな視線を思うと、写真は生まれた直後から受難続きだなぁと思わずにはいられません。

この記事は筆者の主観と記憶に基づくものです。間違い、ご指摘などあればご連絡いただけますと幸いです。

明智光秀と豊臣秀吉: 『山崎合戦図屏風』を撮影させていただきました

2020.7.6  雑記エトセトラ, 文化財, 業務実績 

亀岡市文化資料館様からのご依頼で、山崎合戦図屏風を撮影、そしてデータ納品させていただきました。

弊社製版部門のカメラマンが赴き、分割撮影によりデータ化しました。

こちらが今回撮影させていただいた山崎合戦図屏風です。

大阪城天守閣3階展示室「大阪城天守閣ミュージアム」のコレクション収蔵品です。

2009年には大阪城天守閣にて行われた展覧会「いくさ場の光景」の展示のひとつでした。

この屏風には、織田信長を討った後の明智光秀軍が大山崎で豊臣秀吉軍と合戦する様子が描かれています。

 

 

 

今後、亀岡市文化資料館は特別展を開催し、山崎合戦図屏風の映像展示を予定しています。

公開予定は2020年10月です。

異なるメディアを介した作品展示に、期待が募ります。

最古にして最新の和傘

2020.6.25  お知らせ, グッズができるまで, サンエムなら出来ちゃいます! 

ハイブランドも注目する日本最古の和傘屋 「辻倉」
圧倒的な品質と個性豊かなテキスタイルで染め業界を牽引し続けている 「岡重」

二つは京都を代表するブランドです。
今回サンエムカラーは、上記の2社と共に2つの和傘を制作しました。
弊社のInstagramにて既に少し紹介していますが、今回はブログにてその和傘を詳しくご紹介いたします。岡重と辻倉の和傘

最古の和傘に最新の印刷を組み合わせるという挑戦

和傘には、

  1. 和紙を使う事
  2. 多くの閉じ開きに耐えられること
  3. 雨・風・日光に晒されても耐えられること

これらを想定して設計するために、職人の知恵と技術で複雑なテキスタイルやイラストを施す創意工夫をしてきたという歴史があります。
その歴史の中にはもちろん印刷の試みもありましたが、印刷では耐久性も印刷そのもののクオリティも足りないどころか、そもそも手漉き和紙への印刷が不可能に近く、全く実用的ではないというのが結論でした。

我々サンエムカラーはそこにブレイクスルーを生むべく「印刷」に取り組みました。

弊社のカサネグラフィカでは、従来のUV印刷方式の限界を超えた、豊かな発色と精細な描写が実現可能です。インクの耐久性も当然問題なし。
ハイクラスの印刷機とハイレベルな製版技術、それらを組み合わせて、ハンドメイドでは実現困難な「高品質な印刷と生産性の両立」を目標にチームは試作を重ねました。

そして完成したのが

浅井コレクションよりご提供いただいた、二代歌川国貞の『助六郭の花見時』という浮世絵をモチーフにデザイン・印刷した傘と、

岡重様からお借りした「鯛づくし文様」をサンエムにて印刷し、辻倉様に雨傘として加工していただいた鯛づくし文様傘、

この2本です。
岡重と辻倉の和傘傘を載せている機械はこの傘の制作に使用した印刷機です。実はとても繊細な機械ですが、和傘は非常に軽いため載せても全く問題ありません。

岡重と辻倉の和傘 辻倉の助六和傘

表面が美しいのはもちろんのこと、裏面から見ても非常に美しいのが和傘の特徴です。
特に雨傘は、雨水を防ぐための油を染み込ませる工程で半透明の仕上りとなり、独特の雰囲気には息を呑むほどです。

「鯛ずくし文様」はそんな防水加工のおかげで、仄かで上品な透け具合になりました。機会があればぜひ一度、辻倉様にて本物の和傘をご覧ください。岡重と辻倉の和傘

津軽再考 印刷立会

2019.5.16  1冊の写真集が完成するまで 

先日、写真家の柴田祥さんが写真集「津軽再考」の印刷立会に来社されました。

当日の印刷はスムーズに進み、現在は製本の工程へと進んでいます。


印刷物確認中の柴田さん

 

今回、ネットでの先行販売分(完売済み)とプラスアルファで全600冊作成予定の内200冊に作家のサインを入れたいとの希望がありました。

普段は製本され完成した本にサインを入れるのが一般的ですが、時間の関係で印刷立会と並行して柴田さんにサインを書いてもらいました。

200冊にサインを入れるのですが、今回の製本は少し複雑な工程をたどるので予備が150枚必要と製本会社からの回答が。

計350枚の印刷物にサインを柴田さんに書いてもらいました。ご苦労様です。


刷りあがりの印刷物にサインを入れる柴田さん

週末あたりには本が完成しますので、本の内容はまた改めて記事にします。

 

と、いつもは印刷立会だけの記事を書いていますが今回はここからが本番です。

印刷立会からさかのぼること数ヶ月前、道音舎の北浦さんから新しい写真集を作りたいので相談をしたいと久しぶりに連絡が有りました。

道音舎さんの出版第一号写真集「狼煙」の製作工程はかなりくわしくブログの連載記事・1冊の写真集が完成するまでに書いていますので興味のある方はそちらをご覧ください。

 

後日、道音舎の北浦さん、硲さんに来社していただき写真集の仮レイアウトと柴田さんの作品がどのようなものかを見せてもらいました。

初見の感想はモノクロ写真の調子がかなり微妙な変化のある写真ばかりでこの調子を印刷で再現することが難しいだろう。

しかし柴田さんの写真の魅力はこの微妙な調子にあるのだろうなと思い道音舎のお二人にその感想を伝えました。

前回はダブルトーンでの印刷でしたが今回の作品はダブルトーンでは調子を完璧に表現できない可能性があると伝えました。

カラーの写真については問題無く印刷できると思いその旨も伝えました。

 

どのような印刷にすれば良いのかテストをやってみないと分からないので道音舎さん、作家さんにテスト用のデータとターゲットのプリントを8点選んでくださいとお願いしました。

なぜ8点なのかと言うと、今回の本のサイズ横28.2cm 縦22.4cmの場合、用紙が菊全(63.6cm ×93.9cm)の紙に片面8ページ分を印刷することが一番効率がいいからです。

さらに、使用したい用紙も決めてくださいと伝えました。

送られてきたプリントを見ます。

やはりこの微妙な調子の変化を印刷するのは難しいなと思いながら製版部署へダブルトーンとトリプルトーンのテスト刷り用の版作成の指示をだします。

 

ちなみにテスト刷りの用紙は

1・モンテルキア 菊判<77.5>T目

2・スマッシュ 菊判<76.5>T目

の2種類で行いたいとの要望です。

テスト刷りの用紙は種類をもっと増やす事も可能ですが増やした分だけコストがかかります。限られた予算内での写真集作成では完成のイメージを明確にし、種類は少なくしたほうが良いでしょう。

 

テスト刷りの結果、まずは用紙2種の違いから。

画像を見てもらえば分かると思いますが、インクの付きが良いのはスマッシュのほう。かなりクリアに印刷されています。

一方モンテルキアのほうはスマッシュよりもインクの付きが悪いためくらべるとかすれた感じがします。


左がスマッシュ、右がモンテルキア。どちらも印刷はダブルトーン。

スマッシュはシャドー側の黒もモンテルキアより濃く印刷されているのでレンジが広く表現の幅はこちらが良好。

モンテルキアはマット感があり、かつ少しぼやけた風合いの印刷になっているので柴田さんの作品を表現するにはこちらを選んでもいいような気がします。

 

次にダブルトーンとトリプルトーンの違いを。分かりやすいようにシャープに印刷されているスマッシュでの対比画像を見てみましょう。


左がダブルトーン、右がトリプルトーン。

一目了然でトリプルトーンのほうが調子の表現が良いのが分かります。特に中間の調子の差は歴然です。しんしんと降っている雪のピントのズレによる奥行きがトリプルトーンではかなり良い調子で印刷されています。

ただし、グレーを2色で印刷しているトリプルトーンの場合、薄グレーでの調子版が一番インキ量を多くしているため、濃いグレー1色で調子をだしているダブルトーンよりも力強さが弱くなっています。

 

このテスト結果を道音舎のお二人に見ていただき、ぼくなりの見解を伝えます。

まず、懸念であった調子の表現ですがダブルトーンでも問題無く表現できていること。トリプルトーンを使用しなくても大丈夫だと思いますと伝え、ただしトリプルトーンのほうがさらに調子をだす事ができると伝えます。

テスト印刷を見ればその違いは分かりますので道音舎のお二人もトリプルトーンの表現力に感心されていました。

 

しかし、トリプルトーンには最大の欠点があります。

ダブルトーンにくらべて1色余分に印刷するためにコストが大幅に上がってしまいます。

先ほども一度コストについて話しましたが本を作る時、無尽蔵にお金が使えるわけではありません。

限られた予算内でどれだけ自分たちが思い描いている本に近づけるか、このことがもっとも重要であると言っても過言ではありません。

道音舎のお二人は作家さんと相談して決めますとのことでした。

 

用紙については個人的にはスマッシュのほうがレンジが広い分、やりやすいとは思いますがこの写真集は出版社と作家の本です。

どれを選択するのかは出版社と作家が決めること、アドバイスはしますがこちらが良いですからこちらでいきましょうとは言わないようにしています。

 

後日、作家さんとの話し合いの結果、用紙はスマッシュ、ダブルトーンでいきたいとの連絡をもらいました。

ダブルトーンでも調子のつぶれは少なかったのと作家である柴田さんがトリプルトーンだと繊細過ぎるとのことだったのでコストのこともあり、良い選択だと思いました。

 

次にぼくが行う仕事はテストよりも良い印刷に仕上げること。

テスト印刷とターゲットプリントを見くらべてライト部分が重く感じるのとグレーの色が違うことが大きく外れているところです。

グレーの色はテスト印刷時、分かりやすくするためにターゲットよりもニュートラルグレーに近いグレーで印刷していました。

ターゲットはかなり青味のあるグレーですからグレーを青くするだけで近づきます。

しかし先方に確認したところテストのグレーのままでよいとのことだったのでここは変更無しで。

ライトが重く感じるのはコツ版であるスミ版にもライトに点が入っているため。この部分に網点は必要ないと思いスミ版のライト部分5%のところをカットしました。

そして最終印刷したものがこちら、テスト印刷からかなりターゲットの雰囲気に近づいています。


左がテスト。中が最終印刷、右がターゲットプリント

 

以上が今回の印刷設計がどのように行われたのかの概要です。

 

実はテストの時に思いつきでトリプルトーンの色をスミ+グレー2色ではなく、スミ+グレー+白で印刷してみてはどうかと思いやってみました。

先にグレー版の逆版を作りその版で白を印刷。その上からスミ+グレーのダブルトーンで印刷します。想像ではうまくいくはずでしたが結果は・・・

ただ単にダブルトーンで印刷したものがくすんでしまいました。
完全な失敗でしたがまた一つ印刷についての知識が増えたのでその意味では良かったのでしょうか。

 

今回のことは道音舎さんのブログでも硲さんが記事にされていますので読んでみてください。

 

Art Book Director  前川